ミドルシニアの羅針盤レター2025-05 2025/10/08 メールマガジン Tweet ミドルシニアの羅針盤レター 2025#5 第1回 ミドル・シニアの活躍と「能力開発システム」の視点 本号からは、2025年5月の定年後研究所主催シニア活躍推進研究会で講演、ご好評をいただいた佐野嘉秀氏(法政大学経営学部教授)より4回にわたり語っていただきます。 ミドル・シニアの活躍に向けては、50歳台のミドル社員、さらには60歳台のシニア社員についても、新たな業務や役割に対応した能力を身に付け、高めてもらうための能力開発が、ますます重要となる。 とりわけ高齢者雇用安定法の改正にともない、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務として示された。また少子高齢化が進み若年層の確保がますます困難となりつつある。こうしたなか、企業の多くはシニア社員の積極的な活用方針をとるようになってきている。 そうなると、シニア期を通じた社員の活躍に向けて、いわばその助走段階でもあるミドル社員の能力開発が欠かせない。またもちろん、シニア社員についても、企業として能力向上を支援していくことがますます求められよう。役職定年や定年などを区切りに、ミドル・シニア社員の担当する役割や仕事に変更がある場合には、なおさらである。 企業として、ミドル・シニア社員も含む社員の能力開発を充実させることが課題となる。こうしたなか、企業の人事部門の果たすべき役割は何か。 これを考えるにあたっては、日本企業の能力開発において、静かに進展してきたと見られる大きな変化を自覚する必要がある。80年代くらいから変わらない能力開発の慣行だけをイメージしていては、現状をうまくとらえられない。そうした変化に応じて、能力開発の主な担い手である職場管理者、そして人事部門の担当者の果たすべき役割も、変わりつつあると考えられる。 このような日本企業の変化をとらえるうえで、能力開発をシステムとして見る視点が有効と考える。というのも、企業内での能力開発は、人事部門、職場管理者、社員各人といった3つの層の当事者が担い手となる。すなわち能力開発は、これらの当事者が、それぞれ社員や部下、自身の能力向上に向けて取り組むことで、日々、進められている。それゆえ人事部門だけ、職場管理者だけ、社員だけというように、いずれかの活動のみを見ていては、能力開発の充実に向けて大事なことを見逃してしまうためである。 そこで、これら当事者のあいだの相互の関係や働きかけも含めて、能力開発を一つの体系=システムととらえる視点が重要となる。 こうしたいわば「能力開発システム」には、大きな変化が進みつつある。その変化をとらえるうえでは、その起点となる能力開発システムの特徴を確認しておく必要がある。これを整理すると、表のようになろう。これを「古典的」能力開発システムと名付けることにしたい。従来の日本企業の能力開発の特徴についてのイメージと重なるはずである。 表に示したように、「古典的」能力開発システムの特徴の1つは、⑴人事部門が、社員の配置転換に関して大きな権限をもつことにある。そして、そうした権限にもとづいて、社員の個別の配置転換に強く関与する。これをつうじて、企業として、社員にはば広い仕事経験を与え、能力開発につなげている。 もう1つの特徴は、⑵「遅い」選抜にある。すなわち、日本企業では、課長への昇進など、昇進する社員としない社員の差が出てくる決定的な選抜のタイミングが、アメリカやドイツなどの他の先進諸国の企業と比べて遅いことが知られている。40歳前後になって、ようやく課長に昇進する社員が現れる日本企業は、今でも少なくない。 こうした特徴は、広い範囲の社員に対して、昇進に向けて仕事に取り組むインセンティブ(動機づけ)をキャリアの長期にわたり与える効果をもってきた。また、その過程で、多くの社員に対して広く管理職登用に向けた能力開発を行うこととなる。 3つ目の特徴は、⑶配置された職場でのOJTを中心として、社員の能力開発が行われる点にある。上記⑴で示したように、人事部門の関与する配置転換を通じて、社員に対して、ときに職種変更を含むはば広い職場を経験させ、それぞれの職場でのOJTを通じて能力開発を進める。これを中心に、補完的にOff-JTや自己啓発支援を行うことで、社員の能力向上を促してきた。 しかし日本企業の現状を見ると、「古典的」能力開発システムのそれぞれの側面に、分権化、個別化、早期分化、職場外化という4つの変化が生じつつあるように見える。これについては、次回、確認することとしたい。論点を先取りすると、こうした変化は、能力開発に関わる職場管理者の役割、そして人事部門の役割を変えつつある。 以上 【筆者プロフィール】 佐野 嘉秀 (さの よしひで) 法政大学経営学部教授 東京大学人文社会系研究科博士課程修了,博士(社会学)。専門は人的資源管理論及び産業社会学。東京大学社会科学研究所を経て2013年より現職。労働政策研究・研修機構(JILPT)や労働政策に関する各種審議会で委員・座長を務める。著書に『英国の人事管理・日本の人事管理―日英百貨店の仕事と雇用システム』東京大学出版会(2021年),冲永賞・日本労務学会賞(学術賞)を受賞。『日本企業の能力開発システム―変化のなかの能力開発と人事・職場・社員』(共編著)労働政策研究・研修機構(2024年)などがある。 当メールマガジンは一般社団法人定年後研究所が総合監修し、配信運営は株式会社星和ビジネスリンクが行っております。 Tweet